梶山進

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梶山 進かじやま すすむ、1949年-)は、ヤクザ指定暴力団山口組美尾組組長側近、同組系闇金融組織統括経営者。 通称「ヤミ金の帝王」業界でのあだ名は「カジック」。約1000店舗の闇金融を組織し、その頂点に立つ帝王と呼ばれた。2000億円の収益があったと言われ、芸能人シンパもいた。出資法違反で指名手配され、2003年に出頭、逮捕された。最近では元五菱会系の闇金は摘発によりほぼ壊滅している。

来歴[編集]

1950年静岡県清水市に生まれ、中学校を卒業するとヤクザとなった。中学時代からの不良仲間である高木康男(後の五菱会会長)とともに、美尾組美尾尚利組長から盃をもらい、美尾組組員となる。高木康男が美尾組陣内組を結成すると、陣内組副組長となった。

平成14年(2002年)10月、美尾尚利が病気を理由にヤクザから引退した。同月、美尾組若頭・高木康男が美尾組を継承し、五菱会を結成した。同時に高木康男は山口組直参となった。五菱会発足と同時に梶山進は組を辞めた。

平成15年(2003年)1月、警視庁愛知県警広島県警福島県警の合同捜査本部は、東京都新宿区にある貸金業「アームズ」の経営者(五菱会傘下の組員)を逮捕した。同年8月、梶山進は出資法違反の疑いで逮捕された。

その後合同捜査本部は、五菱会本部事務所などを家宅捜索した。同年10月、「五菱会は、闇金融で稼いだ金を、山口組に上納している」として、合同捜査本部は山口組総本部を家宅捜索した。

合同捜査本部は「平成13年(2001年)7月から平成15年(2003年)4月まで、高木康男は、梶山進が闇金融の収益で購入した約5000万円相当の金融債券を、梶山進から数回に渡って受取った」ことを掴んだ。同年11月、合同捜査本部は組織的犯罪処罰法違反で、高木康男を逮捕した。

2005年2月、地裁は求刑いっぱいの懲役7年の判決を下した。梶山がスイスの銀行に隠し持ち、凍結処置が為されていた51億円の追徴金は、被害者救済に回すとして退けられた。出所後も梶山は悠々自適ということである。また組の中での地位も不動ということになる。

人物・エピソード[編集]

  • 警察が2年がかりの捜査でようやく逮捕にこぎつけた梶山に接触したマスコミはない。渋谷の高層マンションや新宿の豪邸に住んでいたが、周囲はその正体を全く知らなかった。恰幅が良い渋みある役者顔で愛想も良く、応対は紳士的。服装もごく普通でとにかく金回りが良い。仕事は良く分からないが、金を持っている梶山の周りに芸能人も集まった。Vシネマのファンであったため、中野英雄清水健太郎には金銭援助もした。
  • 細木和子とも交友があり、たびたび銀座の高級料理屋やクラブで同席し、鑑定の依頼もあった。「ヤクザの組員になることを考えている」という相談に、細木はやめるようにアドバイス。ただそれだけの回答に梶山は礼として4000万円の高級時計をプレゼントした。
  • 闇金融のシステム(システム金融)を考案した。全国の多重債務者リストを基に、多重債務者にダイレクトメールなどを送り、無担保融資を勧誘した。融資を申し込んできた人の銀行口座に現金を振り込み、返済も口座振込みにして、客と顔を合わせないようにした。五菱会は、複数の店舗を統括する「センター」を設置して、顧客情報を管理していた。顧客の返済期限が近づくと(殆どの顧客の返済能力は乏しかった)、別の五菱会系闇金融が新たな融資を持ちかけ、客の借金を一気に大きく膨らませていった。


参考文献[編集]