斉藤祐紀

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斉藤祐紀(さいとう ゆうき、1974年1月30日 - )は、青森県出身の1990年代半ばから後半にかけて活躍した女性歌手

来歴[編集]

1990年10月。16歳当時、青森県弘前市で行われた、CBSソニー(現SME )SD制作部・ヤマハ音楽振興会ADPの、東北地区担当者が共催した、ボーカリスト発掘イベントにスタッフとして参加。しかし実際は自身が歌う為のカラオケテープを持参し、他のエントリー者出演後に歌わせてくれと懇願、プリンセスプリンセスの「恋に落ちたら」を歌い、他者を圧倒する歌唱力を披露。先んじて動いたソニー担当者が、折柄ボーカリストにターゲットを絞って応募を受け付けていたオーディション「Voice'91」へのエントリーを勧める。

同年11月。仙台市内のCAT-Vホールで行われた「Voice'91」東北地区予選に出場(テープ審査などを通過した21組が出場)。前回と同じく「恋に落ちたら」を歌い、予選司会者がコメントを求めた、プリンセスプリンセスやユニコーンなど、当時のソニーに於いてヒットメーカーと呼ばれたプロデューサーは、「奥井本人よりも表現力が高い」とコメント。審査員全員からの高評価を受け、全国大会出場が決定(東北地区からは二組)。

同年12月〜'91年3月。ソニーSD制作部育成アーティストとして、弘前・仙台・東京にて、ボイストレーニング等を開始。

1991年3月。日本青年館で行われた「Voice'91」全国大会に出場(応募総数約2万組中、各地区予選を経て20組が出場)。広島在住で同オーディション中国地区予選に出場した作家の楽曲「他人に戻るだけなのに」を歌い合格。ソニー各制作セクション担当者の他、一般公募で来場した客席審査投票でも高評価となり、「ビデオジャム賞」を受賞。副賞としてプロモーションビデオ制作が決定。その他の合格者は橘いずみ(関西)、くま井ゆう子(東京)、井上睦都実(東京)、山下亜紀(関西)など。

同年4月。テレビ朝日系列「ビデオジャム」に於いて、「他人に戻るだけなのに」のPVを放送。CBSソニーレコード(当時)のA&R5部での制作が決定。オーディション応募時に両親から示された条件「高校卒業までは弘前で暮らす」のもと、当面は地元で暮らし、当面SD制作部育成アーティスト契約を継続し、デモ録音などの際には、仙台・東京などに出向く生活が始まる。

シングルCD[編集]

  • 明日のわたしのために(1995年)
  • ずっとさよなら(1996年)
  • GOIN' BACK TO チャイナ(1996年)
  • Too Late(1997年)