うたごえ運動

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うたごえ運動(うたごえうんどう)は、第二次世界大戦後の日本における、合唱団の演奏活動を中心とした、大衆的な社会運動政治運動である。共産主義、または社会民主主義を思想的な基盤として、労働運動学生運動と結びつきながら、全国各地の職場、学園、居住地に合唱サークルを組織し、1950年代 -1960年代にその最盛期を迎えた。声楽家関鑑子が運動の創始者とされる。

概説

革命歌、労働歌、反戦歌、ロシア民謡などをレパートリーとし、合唱曲の創作活動も行う。「日本のうたごえ全国協議会」は2013年の段階で、加盟団体(うたごえサークル)の達成目標数を「500団体」としている[1]


歴史

  • 1946年5月1日、関鑑子、第17回メーデー(東京・宮城前広場)で、赤旗の歌」「インターナショナル」を指揮。その経験から、うたごえ運動の構想を抱きはじめる[2]
  • 1953年11月29日、「1953年日本のうたごえ祭典」を日比谷公会堂・神田共立講堂で開催[3]
  • 1960年5月、日本のうたごえ実行委員会、「われわれは新安保条約に反対する」との声明を発表[4]日米安全保障条約改定案の衆議院本会議での可決(同年5月20日)に対して。
  • 1973年5月2日、関鑑子、死去。

うたごえ運動と日本共産党

「うたは闘いとともに」のスローガンのもと、企業で不当に差別されている人を励ます曲が多く創作されている。また、1960年代には、職場・学園・地域にうたごえ活動家を育成し、その思想的・政治的・芸術的資質を高めることが、日本共産党の文化・大衆活動における重要課題であった。1960年安保闘争三池闘争を経験したうたごえ運動活動家たちの中から、大勢の入党者が生まれたとされる[8]

脚注

  1. 第46回日本のうたごえ全国協議会総会(2013年)で採択の方針文書
  2. 関鑑子「うたごえ運動の理論-音楽とは何か-」(「知性」1956年増刊号[東京、河出書房])58ページ
  3. 3.0 3.1 関鑑子追想集編集委員会 編「大きな紅ばら: 関鑑子追想集」(音楽センター 1981年)関鑑子略年譜
  4. 「うたごえ新聞」1960年6月11日号
  5. 沖縄のうたごえ運動編集委員会「ひびけ平和のうたごえ-米軍占領下の沖縄のうたごえ運動」(あけぼの出版 2004年)83ページ
  6. 日刊紙「赤旗」1967年11月26日号
  7. 「うたごえ新聞」1970年1月1日・10日合併号
  8. 日本共産党中央機関紙「アカハタ」1960年12月9日号所載の論説“「日本のうたごえ祭典」を迎えて”

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